2011年11月3日木曜日

死とお葬式 Passed away&Funeral

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死→誰にでも平等に必ず訪れるもの。 


霊的視点から見れば、死は故郷への回帰であり本来の自分(魂)へ戻れる嬉しい機会。


でも、人間は死を楽しみに出来ないし嬉しい事だとは思えない。

なぜなら多くの死は、事故や病気によって迎えられるから。

だって病気や事故は楽しいものではない!


それに、今この世に生きている私たちは誰も死を経験してないから

死がどれだけ痛くてどんなに苦しいかわからないから余計不安・・・・

でも、間違いなく死は魂の故郷へ帰る喜ばしいドアなのです。

そういう私ももちろん今生ではまだ死んだことが無いのですが

数々の霊界通信をしてきたなかで

「死ぬ時痛かった、苦しかった、辛かった、もう死にたくない~」


なんていうメッセージを聞いたことはないのです。


逆に「生きてる時には痛かった、苦しかった、辛かった~」は多々あります。



私も昔はなんとなく死ぬことが不幸で怖い事だと思っていたんですが


今ではいつか来るであろうその時がちょっと楽しみですらあります・・・


それは決して「いつでも死んだら楽になる」とは大違いで、


今回の人生で成長すべく、自分で計画してきた課題にきちんと取り組んだうえで

計画してきた時期に迎える死に限った話。

もし私が人生の課題から逃げて自ら死を選ぶとしたら

それは逃避以外の何物でもなく私はあちらで後悔に苦しみ、

とてもじゃないけどあちらを見物しながら楽しむ余裕はないでしょう。

あくまでも私の場合ですが。


高校生の頃、家庭環境が本当に辛くて、

一度だけ、睡眠薬をひと1箱丸ごと口の中に入れた事があります。 


でもそれは「私はこんなに苦しんでるの!」とある人に伝えたかった為で


死のうなんて気はさらさらなかった記憶があります。


何となく、「死んでも終わらない、解決にならない」と知っていたから。

スピリチュアリズムを学んだ中で、死に関するこんな話を聞きました。


「病気で死ぬことが決して不幸で辛いことだとは言い切れない、


なぜなら体がだんだんと弱っていく中で魂が帰郷の準備を出来るのだから」

人はそれぞれカルマの精算もしなければなりません(「撒いた種を刈り取る」の刈り取り作業)

そのカルマの精算に、事故という経験や病気を選択することもあると言います。




多くの自死者の魂からもメッセージをもらってきました。

ある人はあちらの世界でも苦しんでいるけれど
 
ある人は元気に現れて家族にメッセージを伝えてくれます。
 
決して自死によって魂の課題からは逃避することができないけれど
 
実際にメッセージを聞いていると、全ての自死が悪だとは思えないのが本当の感想です。

そこには複雑な霊界の法が働いているのでしょう。
 
 
先日、アメリカに住む友人Mさんのお母さんが日本で亡くなりました。
 
お母さんは高齢且つ、以前から体の具合が悪かったそうで

既に遺影もMさんが帰国時に撮っていたそうです。

そしていよいよお母さんが危ないとなったその時、
 
Mさんは帰国せず、帰国にかかるだろう費用を日本の家族へ送り、
 
アメリカの自宅にてお母さんを思いながらお母さんの魂を送ることに決めたのです。
 
Mさんは霊的真理を学んでいる方で、
 
魂に距離は関係ない事、死は新たな旅立ちである事、
 
お葬式は遺族の為の行事である事を理解したうえでの選択でした。

この話を友達にしたところ、最初は驚いた顔で
 
「え?!」と、固まっていましたが、

私が霊的な視点から死とお葬式についてを説明すると、
 
「それなら理解できるわ」
 
「でも、同じ選択を私がするのは無理だな、そこまで納得できないや」
 
とのことでした。
 
大概の人にしたら親の葬式に顔を出さないのは不義理極まりない事かも知れません。
 
でも、魂は肉体ではなく、
 
肉体は魂の入れ物でしかないのです。
 
魂とはどこにいようが離れていようが通じ合えるのです。
見えないところで魂はつながっています。

先日、催眠療法士である友人のブログでいい話を読みました。
 
魂がつながっている事が理解できるいい話です。

 

 
 
 
もちろん肉体は粗末に扱うべきではなく、
 
せっかく授かった肉体は丁寧に手入れをしながら使うべきです。
 
でも・・・大好きな人が旅立ったなら

肉体に触れたり出来なくて寂しいのは確かですよね・・・。
 
私も大好きな動物たちが旅立ったときには

毎日泣いて暮らしました・・・・。


よく魂と肉体の関係を、車と運転手に例えますが
 
とても解り易くて理解しやすいと思います。
 
車はオイルを入れ替えたりしてあげないと走れなくなってしまいます、

きちんと手入れをしたならば、快適に長い年月走り続ける事が出来ます。
 
 
私が死んだら、
 
地上のミディアムを通してあちらの世界をリポートしたいと考えています!
 
それまでは肉体の手入れを怠らず、
 
課題をこなしていきたいと思います^^


 
 
 
 
 


 














5 件のコメント:

  1. 昨日はるちゃんの夢を見たよ。
    元気そうで色々頑張っていた。
    うちは相変わらず怒られていた(w
    「死」に関しては中々割り切れないものがあるけれど、決して恐ろしいものではないとスピリチュアルを勉強して学んだ。
    この考えは悪くないよねぇ。
    またskypeででも話しましょう♪

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  2. あらノジ久しぶり!痩せ痩せ成功おめでとう^^私は怒りん坊か、プンプン。遊びにおいで~

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  3. うちが約束の時間を守らなかったから怒っていたんだよ>夢ね
    お金貯めて遊びに行きたい!!待っててね。

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  4. 日本人の感覚ではなにがなにでも葬式に出席するでしょうね。

    しかしアメリカ人は教会でお祈りするとかして離れていたら、それでOKの感覚じゃないかな。

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  5. 匿名さま

    アメリカ人の感覚ではそうなんですか?ちなみに今回のMさんは日本人で~す。

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