2013年2月13日水曜日

境界線

《ご予約はこちら/For Reservation》


ブラジルでの体験を、エルアウラのWebマガジンにちょこちょこ書いています

Part1

http://www.el-aura.com/2012111105/

Part2 

http://www.el-aura.com/20121112-03/ 

Part3  

http://www.el-aura.com/20121222-04/


Part4
 
http://www.el-aura.com/2013011501/ 

Part5

http://www.el-aura.com/20130201-b/


  
エネルギーを無駄遣いされた気がして、

久々に怒りで眠れませんでした。

自分の大切な時間を捨ててしまったことへの怒り。

外側に対象物があるわけではなく、

自分の内側の自分が「なんてことしてくれるんだ!」と叫んでる感じ。


眠れない間中、ずっとお祈りしながら

シコシャビエルの「Our Daily Bread 」(日本語未訳)をパッと開いて



アドバイスをもらったところ・・・・

「Compassion(犠牲)」

この本は聖書を多々引用したもので、

古い英文と相まって

なかなか意味を明確にしづらいのだけれど、

「Boundary」という単語が目に飛び込んできたました。

Boundary=境界・制限・限界


「自分で制限を設けちゃってるよ~」の意味か、「境界線を引きなされ!」か。

今日のスピリティズムのお勉強会で「今週、どんな事があったか話して」と聞かれたときに

皆の前で私の体験を話しました。

「Boundaryは私に何を伝えたいのでしょうか?」と投げかけたところ、

「Boundaryは制限。何を受け取りたいか、何を受け取る必要が無いか、

境界線を設けるように言われている」と、皆のアドバイス。

例えば、

「交際相手は私を大切に扱ってくれるもの」や、

「交際相手にはいつも苦労をかけられていつも一方的に尽くすことになるもの」や、

「私にとっての労働とは楽しみながら○○円以上の収入を得るもの」や、

「労働とは嫌な思いをしつつ収入が低いもの」等の制限を自分で設ける事により、

自分の身に起こる出来事が決まるのです。

Boundaryを設定する事によって、

必要の無い経験は制限区域内に入り込めず、私の元へは届かなくなります。 

(※成長の為に必要な経験は、きちんと起こります→起こった事にどう向き合うかは私たち次第です。何が起ころうと結果を作るのは私たちです。)

確かに、このところ私はハッキリとした制限を設けないまま過ごしていました・・・。


私の中の本来の私は相当オカンムリだったのです笑



さて今から改めて、 自分ノートに「Boundary」を書きだして設定します~。


 










 



 



 


 
 

0 件のコメント:

コメントを投稿