2013年2月28日木曜日

事実は頭の中。

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★霊界通信のデモンストレーション出演@Golden Gate Spiritualist Church 
   3/6, 3/20, 4/10, 4/24 

ブラジルでの体験を、エルアウラのWebマガジンにちょこちょこ書いています
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Part6 

最近よく、「誰かが耳元でいつも話しかけてくる」という現象が起きている人の話を聞きます。

なかには日本にいながら「高手さんが耳元で話しかけてくる」という人もいます。

もちろん私はアメリカにいるし、その人の耳元で話しかける事は出来ません。

昨年は東京のある人から、

「高手さんが耳元で悪魔のささやきをするので困っているという苦情が来た」

という話を聞きました。 

もちろん、その人の名前すら私は知りませんでした。

しかし、声の聞こえる人達からしたら、全てが事実なんですよね。

たとえ私が何もしてなくても。

頭の中で起こった事は全て、その人にとっては事実。

聞こえるはずの無い声が聞こえる人たちは、是非とも内容を吟味した上で

道徳にかなっていない声は無視してほしいと思います。

全ての声を相手にしていると、それらにコントロールされてしまうだけです。

そして、自分に合った先生&病院を探してきちんと通院してください。

同時に、ヒーリングを受けたりしてスピリチュアルな面でもケアをする事をお勧めします。

治療の結果がいつ出るのか、今世なのか来世なのかは私たちにはわかりません。

しかし、いつか必ずまいた種は花を咲かせます。

長い魂の歴史上、無駄なことなど一つもないのです。




さて、頭の中で起こった事が本人にとって事実となる・・・・

これって、想像力がいかに私達にとって重要な要素かを物語っています。 


霊感がある人、とりわけスピリットと濃厚な関係を築いている人達は特に

自分の見るもの、聞くもの、触れるものに気をつけなければなりません。

例えば映画や小説やTV番組も慎重に選ぶべきです。


殺人や暴力等を肯定するような映像を見続けていたらどうなるか・・・・

よっぽど自分と他を区別する境界線をしっかり持っていない限り、

必ず何らかの影響を受ける事になるでしょう。


私自身、思い当たります。

数年前に韓国ドラマにハマってしょっちゅう見ていました。

その時、ドラマの主人公達がこれでもかっていう位に辛い目に遭い続けていて、

私はドラマを見ていない時間にもドラマを思い出し、
  
なぜか理由もなく毎日辛くて苦しくなってしまった時がありました。



辛い話を見聞きするな、というつもりは全くありません。

しかし、あえて暴力や殺人を肯定するような情報を取り入れる必要はないと思います。

特に霊性開花の最中なら、なおさらです。

 





 
 

2013年2月19日火曜日

会いたかったな~

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先日、私が出演させていただいてるGolden Gate Spiritualist Churchでお誕生日会がありました。
 
今は亡き、チャーチの創設者であるミディアムBeckerのお誕生日と
 
教会の89周年を祝うディナーです。 
 
 
 


美味しい手料理が盛りだくさんでした~:)

私はBeckerにはお会いした事がありませんが、(私の生まれる前に亡くなっています)

ミディアムのSonyが生前、私にお話ししてくれた事が印象的でした。

(とても残念ですが、素晴らしいミディアムのSonyも去年光の世界へ帰られました) 

今から50年前、Sonyがまだ若かりし頃、

友人に誘われて初めてサンデーサービスを観に来たそうです。

その頃のサービスはいつも満席で、整理券があっても座れないほどだったそう。
(最近は平均、30人前後でしょうか。)


遅刻してしまったSonyはサービスの途中にそっとドアを開け、友人の隣の席へもぐり込みました。

すると、壇上では目隠しをしたBeckerがちょうど友人にメッセージを届けている最中でした。

Sonyが席に着くや否や、目隠しをしたBeckerは話しだしました。

「今、あなたの隣に座った若い20代の男性は、今後スピリチュアリズムを学び深くかかわる事になります」

その後もいくつかズバリなメッセージを言われ、Sonyはびっくり!

「なんで目隠ししているのに僕が誰だか、年齢までわかるんだ!?」


それからのSonyは毎週のようにチャーチに通い、

イギリスやアイルランドまでスピリチュアリズムを勉強しに行き、

生涯、ミディアムとして働くのです。


しかし、20代のその日まで、Sonyには全く予想できない事だったそう・・・・


Beckerの類まれなる才能は聞いているだけでも凄い!と唸ってしまいます。

トランス霊媒としてトランス中に霊界で教わってきた事をこちらへ戻ってから皆に教えたり、

霊の声そのままで話をしたり、物理霊媒として物質を浮遊させたり、

霊と共に霊の絵を描いたり(沢山のネイティブアメリカン霊の絵が教会に飾ってあります)




ああ、直接会って色々な話をしてみたかった~、教わりたかった~。

Sonyとも、もっと話したかった~。






 




 



2013年2月13日水曜日

境界線

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エネルギーを無駄遣いされた気がして、

久々に怒りで眠れませんでした。

自分の大切な時間を捨ててしまったことへの怒り。

外側に対象物があるわけではなく、

自分の内側の自分が「なんてことしてくれるんだ!」と叫んでる感じ。


眠れない間中、ずっとお祈りしながら

シコシャビエルの「Our Daily Bread 」(日本語未訳)をパッと開いて



アドバイスをもらったところ・・・・

「Compassion(犠牲)」

この本は聖書を多々引用したもので、

古い英文と相まって

なかなか意味を明確にしづらいのだけれど、

「Boundary」という単語が目に飛び込んできたました。

Boundary=境界・制限・限界


「自分で制限を設けちゃってるよ~」の意味か、「境界線を引きなされ!」か。

今日のスピリティズムのお勉強会で「今週、どんな事があったか話して」と聞かれたときに

皆の前で私の体験を話しました。

「Boundaryは私に何を伝えたいのでしょうか?」と投げかけたところ、

「Boundaryは制限。何を受け取りたいか、何を受け取る必要が無いか、

境界線を設けるように言われている」と、皆のアドバイス。

例えば、

「交際相手は私を大切に扱ってくれるもの」や、

「交際相手にはいつも苦労をかけられていつも一方的に尽くすことになるもの」や、

「私にとっての労働とは楽しみながら○○円以上の収入を得るもの」や、

「労働とは嫌な思いをしつつ収入が低いもの」等の制限を自分で設ける事により、

自分の身に起こる出来事が決まるのです。

Boundaryを設定する事によって、

必要の無い経験は制限区域内に入り込めず、私の元へは届かなくなります。 

(※成長の為に必要な経験は、きちんと起こります→起こった事にどう向き合うかは私たち次第です。何が起ころうと結果を作るのは私たちです。)

確かに、このところ私はハッキリとした制限を設けないまま過ごしていました・・・。


私の中の本来の私は相当オカンムリだったのです笑



さて今から改めて、 自分ノートに「Boundary」を書きだして設定します~。


 










 



 



 


 
 

2013年2月8日金曜日

霊を癒すには

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スピリチュアルリーディングのお時間が30分と60分からお選びいただけるようになりました。

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私がスピリチュアリズムのお勉強をIIS(国際スピリチュアリズム協会)でしていた頃、

ミディアムは霊界の証明をする事が一番重要な仕事だと解釈していました。

亡くなった家族と友人や知人、

指導霊等の善霊とコンタクトを取る事に焦点が当てられていたので、

私は、

波長の低い、さ迷う霊達とのコンタクトについて、

「自分の波長が低いから繋がってしまう、望まない状況」

「無視しなければいけない存在」

「繋がりを持ってはいけない存在」

という認識をしていました。  



しかし、さ迷う霊も単に肉体が無いだけで

さ迷う人間と同じ。

無視はできません。


実際、スピリティズムは霊媒の仕事に霊のお世話も含みます。 


日本でスピリティズムのお勉強会に参加していた時には

霊媒としてスピリティストセンターで働く機会はありませんでした。

きっと準備も出来ていなかったし、その時の私には無理だったのでしょう。



最近になってやっと、仲間と共に霊のお世話に関わる機会がもらえるようになりました。



そこで再確認した事は、人間であろうと霊であろうと

本人の意思が一番重要だという事です。


霊にも、霊の事情があります。


ただお祓いしたり、追いやったなら、きっと彼らの失望や怒りは増すばかりでしょう。



人間と同じで、じっくり話を聞き、彼らが何を求めているのかもしっかり理解した上で


彼らが神(Something Great)の光を受け入れられるようにお手伝いする事が


唯一、霊媒に出来る奉仕です。


そして、彼らと共存して苦しい日々を過ごす人間が自分自身をより良く変えることにより

双方が前進でき、初めて善き結果を迎えられるのです。




ただ単に、お払い等で霊を振り払ったとしても

憑依された人間自身が変わらなければ、

開けっぱなしのドアからは次々に同じような霊が入ってくる事になります。

そして、無理やり追っ払われた霊には怒りが募るだけ。

何にも解決にはなりません。


人間も、霊も、自らの意思をもってのみ前進できるのです。



これから行き場を失くした霊のお役にたてる沢山の機会を頂けるであろうこと、

楽しみでワクワクします。


ああ、生まれてきてよかった。

 


 


 











  

2013年2月6日水曜日

声が聞こえる時

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スピリチュアルリーディングのお時間が30分と60分からお選びいただけるようになりました。

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前回書いたイマキュレーさんの本「生かされて。」の中に、

絶体絶命の寸前、彼女は神の声を聞き(神の声はガイドの声とも言えます)

声のアドバイス通りに行動したことで、危機を逃れる事が出来たエピソードがありました。


私にも同じような経験があります。

20代前半の頃、スポーツクラブへ自転車で40分かけて通っていました。
 
ある夜の9時過ぎに、

家までの道のりをせっせと自転車で漕いでいると

大通りで沢山の車が行き買う中、

横を通り過ぎる1台の車がなんとなく目にとまりました。 


またしばらく行くと、同じ車に追い越されました。



そしてしばらく走った信号でふと気になり進行方向とは別の曲がり角の向こうを見ると、

同じ車が停まっています。


嫌な予感がしながらも早く帰りたいので、

家路を急いで自転車をこいでいると・・・

人通りと車の往来が少なくなった場所で再び同じ車に追い越されました。

車は私のゆく手の下り坂の前方で歩道にぴったり沿って停車しました。




道の両側は、誰もいない公園と誰もいない小学校。




知らないふりをして通り過ぎようにも、明らかに待ち伏せされています。



もう心臓はバクバク。

何か嫌な予感は確信に変わっていました。




何故かそのまま坂道を下り出した私。

「お願い、助けて!」

頭の中で繰り返し祈りました。

すると坂の途中で、誰かの声が聞こえました。


「 今だ、引き返せ!」


慌てて急ブレーキをかけて自転車を回れ右すると

既に後方には別の車が待機していたようで、

歩道に頭を突っ込み乗り上げて、逃げ道をふさいでいました。


「今じゃ遅いよ、もう駄目だ・・・」


と思った瞬間!


なんと、深夜バスがまぶしいライトと共に現れて

「ブッブー!!!!」と歩道に乗り上げた車にクラクションを鳴らします。

そう、私をとおせんぼした後方の車は車道もふさいでいたのです。

後方の車がバスを通している間に、無我夢中で坂道を登り、

なんとか住宅地まで戻る事が出来ました。 

しかし、いくら近辺の家の呼び鈴を鳴らしても、

助けてと叫んでも、誰も出てきてくれません。


急がなければ、奴らは戻ってきます。


ふと近くの高校の門を見ると、鉄のゲートが開いています。

真っ暗な夜の高校もかなりの恐怖ですが、

背に腹はかえられず慌てて高校へ逃げ込むと、

ちょうどセコムのお兄さんが点検を終えて出発するところでした。



恐怖の頂点にいた私は「助けてください~」と泣き叫び、

お兄さんの車で家まで送り届けてもらいました。


「警察に行かなくていいの?」と聞かれたけれど、

その時はとにかく怖くて、早く家に帰りたいので

「とにかく家まで送ってほしい」とお願いするのが精いっぱいでした。


後から冷静になってみると、

車の人たちが他の犠牲者を探していたらどうしよう、と心配になりました。

最初に嫌な予感がした時点で、何らかの対処が出来たはずですが、

直感の声を無視したのは私です。



でも、絶体絶命のピンチの時に心から叫んだ「助けて!」には

きちんと答えが返ってきました、本当にありがたいです。

もちろん、日常の利己的なお願いや質問に関しては

沈黙が返ってくるのみ、それこそ答えそのものです(苦笑)








 


  

2013年2月2日土曜日

生かされて。

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本屋さんで手に取った瞬間「これは絶対読まねば」と

運命的なものを感じた本「生かされて。/イマキュレー・イリバギザ」


1990年代に彼女が体験した、

ルワンダでの虐殺を通した信仰と赦しと愛の実話です。

はじめから終わりまで涙が止まりませんでした。

本来の意味でのスピリチュアルな生き方のお手本です。


スピリチュアルに生きる事を、形式ばって考えている人は沢山います。

ポジティブシンキングや、ネガティブの排除や、知識を付ける事や、自己啓発にいそしむ事、

霊とコンタクトを取る事、等をスピリチュアルな生き方と思ってしまっている人も沢山います。

もちろん、これらも大事なことです。

しかし、実際にスピリチュアリズムなんて言葉を知らずとも

スピリチュアルな本を読んだ事が無くとも

心から偉大なる力を信じ、善を選び、赦し、感謝し、

愛を体験しながら生きている人が世界には沢山います。

そんな人たちはスピリチュアルな生き方の素晴らしい見本です。

イマキュレーさんの生き方も、そんなお手本の一つです。


私はこの本を読んで改めて思い出しました。


誰かに命を狙われているわけでもなく、

住むところもあって、食べる物も手に入れられて、仕事もある。

なんて恵まれた、安全な人生を頂いているのでしょう。

当時のルワンダでは、狙われている側の人々にとって現実は殺人者がうようよと溢れる生き地獄でした。

見つかればすぐに殺されます。

家に隠れていても、殺人者が大鉈を振り上げて、歌い笑いながら襲いかかってくるのです。


当時、と言ってもたった十数年前です。

今でも同じ事が世界の複数の場所で起こっています。


安全に眠れる家がある事の素晴らしさを、改めて思い知りました。


殺人者に追われるような日常では、お金や恋愛や仕事で悩むことはきっと不可能でしょう。

彼女が虐殺から学び成長したように、

私たちも、私たちの課題から学び成長する事が出来ます。

それが恋愛や仕事や金銭の問題だとしても、立派な成長材料です。

悩むだけで解決策を見出す事をしない人が多いけれど、

私たちに悩みが発生する理由は、それを解決する方法を見出すためです。

解決は、決して願望成就だけとは限りません。

時にはあきらめる事や、方向転換や、手放す事が解決となります。

そして、解決策を求める時に一番重要なことは

自分の内側から語りかけてくる、 偉大なるものの声を聞く事です。

(偉大なるもの→神、父、宇宙、なんでも好きな言葉を当てはめてください)



続く